da-ra’s blog

読む人に、少しでも何か与えられたら

「赤ちゃんが乗ってます」を科学する ……「大学生が乗ってます」ではどうか

こんにちは!だーらです。

 

もっと人生に関わる本質的なことを書こうと思ってたブログなのに、

気づくとツイッターみたいにネタに走ってしまう…

 

「読む人に、少しでも何か与えられたら」

という、極めて達成確率の高い目標も叶わない記事となっております。

 

そんな今回はこちら!

 

「赤ちゃんが乗ってます」を科学する ……「大学生が乗ってます」ではどうか

 

 

 

 

 

偉いお兄ちゃんは気づく

僕、偉いお兄ちゃんなので、たまに妹の塾の迎えに行きます。

(偉くないです。これは義務です。教習所代を出してもらった僕は、未来永劫マイファミリーの送り迎えをする呪縛を掛けられています。)

 

 

前を走る車のリアガラスに貼られていたこちらのステッカー↓↓

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運転をしながらこのシールを見たとき、今までにない神経の使い方を経験しました。

 

 

「車間距離を普段より取った方がいいのかな…?」

「より前の車に注意を払おう。」

 

 

 

ぶ~~~ん…

 

 

 

・・・うん??

 

 

確かに安全運転をするのは良いことではあるけれど、

赤ちゃんが乗っている⇒安全運転をしなければならない

の間には、論理の飛躍がある気がします。

 

 

 

 

 

 

マークに込められた2つの意味

家に帰って家族で話し合った結果、このマークには2つの役割があることが分かりました。

 

  1. 赤ちゃんが乗っている車の運転手自身の精神的負担を軽くする。
  2. 後ろの車の運転手に注意喚起をし、安全運転をさせる。

 

話し合った結果、このマークの役割はおよそ 1 であることで議論は落ち着きました。

 

 

「赤ちゃん乗ってるんで、安全運転しますよ~

もし遅かったら追い越してくださいな。」

 

みたいな。

それは、こちらのマークからも良く分かります。倒置法ですな。

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丁度、試験勉強してこなかったやつが、

「ムリやわ~、マジでおれ全然できひん、お前ら優やろどうせ」

というのと同じかと思います。

 

 

 

 

しかし僕はその時は運転手。

自分中心でしか世の中を見られない貧しい心の持ち主は、

 

なぜこのマークによって僕の注意が喚起され、安全運転をしようと思うのか

 

運転手目線で考え始めます。

 

 

 

 

 

 

僕が安全運転をしようと思う理由候補①

 

まず、「赤ちゃんが乗ってます」のステッカーをつけるに至った経緯を考えます。

 

 

 

ある日、一組の男女が映画を見に出かけます。そのあと、ディナーを食べて、映画の感想を語り合う。夜景を見る。プロポーズをする。

夫婦水入らずの時間を過ごして数年。

「そろそろあなた、どうする?」

となってきたところで、第一子が誕生するのです。

 

 

↓イメージ

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リア充じゃないか!!

そう、このマークは、

 

「私たちリア充です!! ですけど何か???」

 

と訴えているのです!!!(違います)

ちなみにこの画像は、「幸せな家族」で画像検索して出てきたものです。

 

これでは、後ろの運転手に安全運転をさせるどころか、爆発を狙って突入してきてしまいますぞ!!!💦💦

 

 

 

 

 

 

僕が安全運転をしようと思う理由候補②

上記理由①は茶番だとして、やはり安全運転をしようと思う理由は、

 

赤ちゃんは弱く、守るべき対象だから

 

だと思います。

弱く、守るべき something が前の車に乗っているから、後ろを運転する僕は注意を払う。

 

 

いや、でも果たしてそれは本当に正しいのでしょうか??

 

 

 

確かに赤ちゃんの体は成人と比べると弱いでしょう。各種臓器や骨も未発達です。

 

しかし、後ろの車に突っ込まれるという事態において、成人と赤ちゃんとで身体的強度に有意な差は表れるのでしょうか?

 

 

そこで仮に、赤ちゃんと成人の体の強さの差を無視することとします。

それでも僕たちは赤ちゃんを守ります。大切に扱います。赤ちゃんを愛します。

 

 

何故でしょうか?

 

 

↓僕です。確かにかわいい💛

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人間が赤ちゃんを「かわいい」と思う科学的理由

動物行動学者コンラート=ローレンツによると、大人が赤ちゃんをかわいいと感じるのは

 

進化の過程で身につけた反応

 

だそうです。

誕生後すぐ1人では生きられない赤ちゃんは、大人による愛情行動によって成長することができ、人間はその働きによって種を反映させてきました。

 

ちなみに、赤ちゃんの形態的・行動的特徴をベビーシェマと呼び、ベビーシェマによって大人は赤ちゃんに魅了されます。

ベビーシェマの例:

・体に対する頭の大きさの割合が大きい

・目が大きくて丸くて顔の低い位置にある

・体がふっくらしていて手足が短くずんぐりしている

・動作がぎこちない

 

 

実際に赤ちゃんを見なくても、

「赤ちゃん」という字面を見ただけで、「赤ちゃん」という概念を考えただけで、

僕たちは、大切にしなければならない、という衝動にかられます。

 

愛し、大切に扱うべきものの「シンボル」としての機能

 

が、「赤ちゃん」という概念、言葉にくっついています。

 

 

 

 

 

赤ちゃんだけが大切にしないといけないものなのか?

人間が本能的に赤ちゃんを大切にしようと思うことが分かりました。

 

では、本能や感情を除いて、論理的に考えるとどうでしょうか?

 

 

 

例えば、

「大学生が乗ってます」

ではどうでしょうか?

 

 

馬鹿みたいですね笑笑

でも、そんな簡単には否定できないみたいな??

 

 

 

赤ちゃんには、無限大(に近い)可能性があります。孫正義になる可能性もあるし、小梅太夫になる可能性もあるし、15歳で死ぬ可能性もあります。

まだ、余りお金をかけていません。今死んでしまっても、損失は少ない、とみることだってできます。

 

 

大学生は、ある程度将来の選択肢も狭まり、良くも悪くも将来の価値(これは一軸ではない)が推測できます。

加えて、大学生まで育て上げるための食費、医療費、教育費、様々なお金が既に使用されています。死んでしまっては、赤ちゃんと比べて何倍ものお金が無駄に(無駄ではないという想いもあり)なります。

 

 

さあ、これは究極の選択ではないですか?

どちらかを殺さざるを得ないとしたら…

 

 

 

 

辛いので、母親に相談してみました。

すると、思いもよらない答えが返ってきました。

 

「優秀な大学生なら生かせばいいんじゃない??

そうでなければ赤ちゃんだね~」

 

なんと!!優生思想・・・?

 

そしたら「東○生が乗ってます」とかはどudar.//;p,&"(#

 

 

そろそろやめましょう。このマーク、案外恐ろしい問いを人類に投げかけているようです。

 

 

 

 

ついでに言うと、2つの役割の 1 の方(赤ちゃんが乗っている車の運転手自身の精神的負担を軽くする)

に関しても、ゆっくり安全運転をすることが伝わればいいので、

 

「酔いやすい人が乗ってます」

とか、

「中で線香花火やってます」

でもいい気がしてきますね。

 

 

 

 

 

 

最後に、、、

「赤ちゃん乗ってます」のオモシロ画像

記事作成時に検索した画像の中で、いくつか面白いものがあったので、それでお別れします。

 

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以上です!!